母になって気づいた、私もそうだったのかもしれないという話
こんにちは!nozomiです。
「発達障がいって、遺伝するの?」
娘が療育手帳をもらったとき、そんな疑問がふと頭をよぎりました。
診断されたわけではないけれど、自分自身もずっと「生きづらい」と感じてきた。忘れ物が多くて、段取りも苦手で、人の話がなぜか頭に入ってこない…。
それって、もしかして――?
母になった今だからこそ、自分自身の過去とも向き合えた気がします。今回はそんな私の体験を、同じように悩むママたちへ向けて書いてみました。
娘の療育手帳取得がきっかけだった
私の娘は現在5歳。
3歳頃から、少しずつ「ちょっと他の子と違うかも?」と感じることが増えてきました。
療育センターに相談し、発達検査を受けた結果、療育手帳のB2判定を受けることに。
最初はショックで、正直戸惑いました。
「ちゃんと育てられなかったのかな」と自分を責めたこともありました。
でもその過程で、ふと気づいたんです。
「あれ?これって、私にも当てはまるかも…」
セルフチェックで当てはまったADHDの特徴
私は病院で診断を受けたわけではありません。
でも、発達障がいについて調べていくうちに「ADHDのチェックリスト」というものを見つけました。
それを試してみたら…びっくりするくらい当てはまって。
- 忘れ物が多い
- やろうと思っていたことを忘れてしまう
- 期限ギリギリにならないと行動できない
- 話を聞いていても、頭に入ってこない
- 約束を守るのが苦手
これ全部、昔からの私の特徴でした。
今思えば、幼い頃からずっと「なんでこんなに自分はできないんだろう」と悩んできたんですよね。
社会人になってからは毎日が苦しかった
学生の頃は、なんとなく周りに合わせて過ごせていたけれど
社会人になった瞬間、地獄のような毎日が始まりました。
- 報連相が苦手
- タスク管理ができない
- 会議中の話が聞き取れても、内容が頭に残らない
もともと私は耳があまり良くなくて、そこにこの症状が重なると、本当に辛くて。
怒られてばかりで、「自分は社会不適合者なのかも」と思ってしまったこともあります。
でもその時は、**「これは性格の問題だ」「私がだらしないだけだ」**って、自分を責めることしかできませんでした。
今だからこそ、娘と自分の特性を受け入れていける
今、私は娘の発達に寄り添う中で、自分自身もようやく「そうだったんだ」と気づけました。
病院には行っていませんが、「私はADHDの傾向があるんだろうな」と思うことで、過去の自分を少しずつ許せるようになってきています。
そして娘に対しても、「怒る」より「寄り添う」ことができるようになった気がします。
発達障がいが遺伝するかどうかは、専門家にしか断言できないけれど、
『似た傾向がある』ことは確かにあるのかもしれない――。
でもそれは「悪いこと」ではなくて、
「気づけたからこそ、親子で生きやすい道を選んでいける」という希望でもあります。
【まとめ】
「もしかして私も…?」そう思った瞬間から、世界の見え方が変わりました。
発達障がいは、診断されなくても、生きづらさを感じる人がたくさんいます。
私もその一人でした。
そして今、娘とともにその「特性」と向き合いながら、少しずつ前に進んでいます。
誰かの生きづらさが、少しでも楽になりますように――。
そんな想いを込めて、この体験を綴りました。



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